第7回 商標権侵害に対するサイトブロッキングの費用負担:カルティエ事件・英国最高裁判決

第7回 商標権侵害に対するサイトブロッキングの費用負担:カルティエ事件・英国最高裁判決

近時我が国では、著作権侵害を行う海賊版サイト及びそれへのアクセスを提供するリーチサイト対策として、インターネットサービスプロバイダ(ISP)によるサイトブロッキング(アクセス遮断)についての議論が活発になされています。この点について、EUでは、著作権侵害については、EUの指令及びそれを受けた国内法によって、ISPへのサイトブロッキング命令を可能とする制度が設けられており(例えば、英国著作権、意匠、特許法97A条)、一部の国では商標権侵害についてもそれを可能としています。しかし、そのISPによるサイトブロッキングの費用を誰が負担するかについては、電子商取引指令等のEUの指令には明示されていないため、EU各国においても議論となっています。

そのような状況のもとで、2018年6月13日に商標権侵害を理由とするサイトブロッキング命令を受けたISP(いわゆる経由プロバイダ)が、その費用 ※1)を負担すべきかが問題となったカルティエ事件について、英国最高裁がその費用を権利者側に負担させるべきとした判決 ※2)が出されました。この判決は、我が国においても、サイトブロッキングが可能とされた場合の費用を誰が負担するのかという問題を考えるうえで有益な示唆があるものと思われます。

本件判決の具体的な内容は以下の通りです。

まず、最高裁は、ISPがブロッキングの費用を負担すべきとした控訴審の判断を否定します。そこでは、EUの指令や欧州司法裁判所の判例は、ISPがその費用を負担すべきとする根拠にはならないことを述べます(para.30)。そして、サイトブロッキングの費用負担は国内法の問題であり、英国法における通常の侵害者でない者への請求(侵害者情報の開示)の場合と同様にISPがそのために負担した費用を権利者によって補償されるとします(para.31)。

また、本件判決は、その費用の範囲をブロッキングを処理し実施する合理的な費用としています。そして、サイトブロッキング命令に起因する費用は実際には控えめであるとして、EU法が救済措置の発動のために要求する制限を超過しない、としています(para.36)。

なお、本件判決は、英国法において、仲介者への命令により生じる費用負担の問題の出発点が仲介者の法的潔白性にあるとして、英国法に基づく商標権侵害の責任を負わない「単なるトンネル」であるISPに本件判決の射程を限定しています。その他の仲介者は、侵害への参加度が高いために、異なる判断が適用される可能性があるとします。ただし、電子商取引指令のセーフハーバー条項の対象となる仲介者(キャッシングまたはホスティングに従事する仲介者)であるというだけでは、ブロッキングの費用負担を命じるのには十分ではないともしています(pata.37)。

興味深い点として、本件判決が、各国での訴訟上生じた費用の負担についての出発点によってこの問題の結論が異なることを述べる文脈で、大陸法制度には「訴訟から生じる損失は、個別の法制度がない場合には、減少した場所にとどまる」という基本原則があると指摘し、フランスの破棄院が、特別の規定がないため、サイトブロッキングの費用を負担するISPにその損失を負担させたままにした(para.32)とする点が挙げられます。

英国法では、仲介者への命令があった場合の費用負担について、大陸法の費用負担の原則とは、原則と例外が逆になっています。この点は、本件判決の我が国への示唆を考える際のポイントになります。大陸法系に位置づけられる我が国では、特段の規定がない限り、仲介者への命令、例えば、発信者情報開示の命令は、命令を受けた側の負担で行われます。そのため、仮に我が国において解釈論または立法でISPへのブロッキングが認められた場合、その費用負担は、特別規定を設けない限り、ISPが負担するという結論になりそうです。


(著)内田剛(東海大学 創造科学技術研究機構 助教)
(監修)角田政芳(東海大学 総合社会科学研究所 所長)



※1) ここで争いとなっているのは、ブロッキング命令の最初の履行のための限界費用、命令の有効期間中に権利者の通知に応答してブロッキングを更新する費用、及び、ISPの過失なくブロッキングが機能しない場合に生じうる費用と責任、に限定されています。そのため、児童虐待画像へのアクセス遮断やペアレンタルコントロールのためにすでに生じている、サイトブロックに必要な機器の取得維持費、及び、ブロッキングシステムの管理費用の負担については争われていません(para.5)。
※2) Cartier International AG & Ors v British Telecommunications Plc & Anor [2018] UKSC 28.